南アルプス光岳
光岳(てかりだけ)。深田久弥の百名山の1つでありながら、後回しにされがちな山です。その理由は、登山口から長くて標高差があるため。登山口の芝沢ゲートは標高およそ700m。そこから光岳は2,591m。単純標高差では1,900mほど。北アルプスで言うと上高地から奥穂高岳よりも標高差があります。稜線の易老岳(標高2,354m)まではほぼ上りで、易老渡登山口から1時間ほどは急登も。やっとの思いで易老岳についたらあとは気持ちの良い稜線歩きかと思いきや、100mほどぐっと下がった後、光岳を目指して300mほど登らなくてはなりません。
芝沢ゲートから光岳のコースタイムは、休憩時間抜きでおよそ10時間。朝6時に出発しても16時着。休憩を入れると17時は過ぎるでしょう。夏の時期は午後になると雷雨の心配もあるため、15時以降の稜線は歩きたくないですよね。
長野からの光岳ルートをさらに厳しくしている要因は、途中で山小屋がないこと。水も食料も補給できず、宿泊もできません。
面平キャンプ場
そんなハードルートですが、昨年から長野県飯田市の南信州山岳文化伝統の会が、標高およそ1400mの面平にてキャンプ場を運営開始。ここに宿泊することで、体力的にも時間的にも光岳登山がとても楽になりました。
面平キャンプ場は登山道から離れた森の中にあります。常設のテントが10張ほどで、マットも設置済み。テントごとにガスコンロや鍋・フライパンが利用可能です。「キャンプ場」と言えど、環境に配慮し、建物・水道・電気はなく、テントが並んでいるのみです。トイレは、トイレ用テントの簡易便座にて行い、出したものは持ち帰りというエコスタイル。水場はないため、易老渡登山口で汲んでくる必要はあります。
登山者が運ぶ必要があるのはシュラフ、水、食料、ガスコンロ用のガス。テントを担がなくて済む分、体力的にはかなり楽です。
面平キャンプ場は南信州山岳文化伝統の会が認定したガイドとの同行が求められます。ガイドの依頼は南信州山岳文化伝統の会まで。これは素晴らしい仕組みで、登山者にただのキャンプ場として利用してもらうだけでなく、なぜ面平キャンプ場を作ったか、なぜ人工の建物を作らないか、といった理念についてもガイドの方に教えてもらえる訳です。
面平キャンプ場を利用して易老岳まで行きました
さて、そんな面平キャンプ場で1泊し、光岳の稜線へと出る易老岳まで登山をしてきました。飯田市中心部を9時過ぎに出発、芝沢ゲートに10時に着。
易老渡登山口までは林道を1時間ほど歩きます。舗装路と言っても落石は多く、大雨の後は道が崩れていることもありそうです。よく崩れる箇所にはその手前あたりから迂回する巻道があるのでそちらを利用することもありそうです。
落石の中にはナイフのような石も。転んで手をつくとざっくりと切れてしまいそうです。
易老渡登山口の橋。この写真に写っていない左後ろの沢が給水ポイントです。ここでしっかりと、今日の行動中の水分、面平での宿泊中の水分、次の日の行動分の水分を汲みましょう。
面平までの急登
さて汲んだ水の重みを感じながら橋を渡ります。早速の急登です。急登が続きます。普通の登山道ならば水平な箇所がありそこで一息つけるのですが、とにかく上り坂。ふくらはぎとアキレス腱が悲鳴をあげます。足を交差するなど、同じ筋肉ばかり使わないようにして体力を温存します。
面平泊でなければ、この急登を経てそこからさらに光岳小屋まで行かないといけないと思うと、面平キャンプ場があって本当に助かります。
周囲の植物を観察すると、林業のためのスギやヒノキが目に付きます。植林の場であることがわかります。
宙に浮かぶ木。上部の枝で他の木に支えられています。
1時間ほど歩くと急登も少し落ち着き、ちょっと急登、ぐらいまで落ち着きます。そこから更に1時間ほど歩くと面平に到着します。
面平キャンプ場でエコ登山を体験
森の中突然現れるテント群。知らない人は少しびっくりするでしょうね。
テント入り口は南京錠で施錠されています(勝手に使っちゃ駄目ですよ!)。
コロナ禍ということもあり、テントは3人用を一人で使います。広々としていて寝返りもストレッチもし放題。マットも厚みがあり、ゆっくり体を休めることができます。
夏の時期はテント周辺に虫が発生するので、虫除けは必須でした。
山・自然との距離感
改めて面平に来てみると、森の中でうまく調和している、という印象です。もしここに山小屋を建てていたら、これらの森を切り開き、資材運搬のためのヘリポートを作り、石油を大量に使って運搬・建築することになっていたのでしょう。
ですが、面平ではそういった選択はせず、なるべく自然を残したスタイルとなっています。滞在中は、アナグマがテント場に現れ、鹿の鳴き声も聞こえました。この場所の開拓にあたり、開拓者が残そうとしたものに想いを馳せ、ありがたく利用させていただきました。
しかしながら、自然と共生と言えど不便は不便。水場がないため手を洗ってすっきりすることはできません(手拭き用のウェットティッシュや、顔や体を拭くウェットタオルの持参をおすすめします)。調理場や雨除けの屋根、椅子などもありません。
私が「タープや椅子があると、皆で集まって団らんもしやすそうですね」と同行のガイドの方にこぼしたところ、ガイドの方は「そうですね。でもそういうのがないから、良いんじゃないですか」とのご返答。
確かに!と膝を打ちました。面平の魅力は人工の建物などが少なく、なるべく自然を残し、その中で過ごすこと。そしてその宿泊体験を通じて、山・自然との距離感を再認識することだとやまスクは考えています。
もしタープや椅子を持ち込みだすと、じゃあ次は電気、ガス、テレビ、WiFi…と限りがありません。
自然の中にお邪魔させていただいている、なるべく環境にインパクトを与えない、そういった謙虚な気持ちが改めて大事だと感じました。
(なお椅子問題に関しては、そのあたりに転がっている大きめの石を椅子代わりとすることで解決しました。)
テントに据え置きの料理セット。フライパンもあるので焼き物もできますが、水はないので拭き取りが簡単な料理が良いですね。
夕飯はアルファ米にレトルトのマッサマンカレー。カレーをかけるだけでアルファ米もさらに美味しくなりますね。
就寝中には「ピイイー!」という鹿の警戒音も何度か聞こえました。自然の近さを実感。鹿からすると人間は邪魔者かもしれませんが、自分たちは必要以上に自然を壊さないので許してほしい、と考えながら眠りに落ちました。
面平から易老岳へ
翌日は時間の制限もあり、光岳までは行かず、易老岳までの往復です。
易老渡登山口の最初の急登と比べると楽ですが、それでも上り坂が続きます。樹林のため展望はありませんが、そういう時は植物の観察。
ギンリョウソウ。
大木と大木の間に大木が倒れ込んでいます。
登り始めてすぐはスギやヒノキの植林が多かったのですが、標高が上がるにつれてブナ、ナラ、ダケカンバの木が混じっています。これらの中には「大木」と言えるサイズのものも。植林にとっては邪魔になるだろう自然の木もいくらか残しているようです。地元の林業の方も、植林だけでなく自然もある程度残すという思想でやってきたのでしょうか。登る際にはぜひそんな植生の変化も感じてください。
とは言え面平泊でないと周りを見る余裕はなく必死に登ることになるかもしれません。ゆったりと山を味わい尽くす意味でも、面平泊がおすすめですよ。
標高があがり、遠くの山が見えてきました。
左が兎岳、右が聖岳。易老渡登山口から光岳、そして聖岳へ行き易老渡登山口に降りるという周回ルートもありますが、ここから見るとなかなかの距離ですね。
このあたりで崖もあるので、息を整えて慎重に行きましょう。
同行のガイドの方に、深田久弥を案内した地元の方のエピソード(飯田でもレジェンド級の方だそうです)をお聞きして、深田久弥の時代と現在が繋がったような気がしました。
易老岳到着
ご覧の通り、展望はありません。ここから光岳方面へ行っても展望はしばらくないため、聖岳方面へ5分ほど歩きます。
左:聖岳、右:上河内岳の眺め。いやー遠いですね。この日はお年を召した女性二人組が上河内岳方面を目指して元気に歩いて行かれました。
ここで紙の地図を取り出し、ガイドの方と山座同定、光岳から塩見岳を縦走するにはどういった工程配分が良いのか、リニアのこと、飯田から赤石岳へ繋がるルート開拓の話など、1時間ほどゆっくりとしていました。
下山は来た道を戻り、面平へ。荷物を回収し下山。
上りが急登ということは、下りは急な下り。易老渡登山口に降りるまで、しっかりと体力を残しておきましょう。勢いがついて転けると斜面を転がり落ちる危険があります。
易老渡登山口の橋を渡ったら、水場で顔を洗ってすっきりしましょう!
面平泊体験が教えてくれるもの
面平キャンプ場は、森の木々を切らず、過度な荷物を持ち込まず(人力で運び上げているとのこと)、環境への負荷をなるべく低くして、もともとあるものはなるべく残す、という思想を感じます。
人が登山で山に入る限り、少なからず自然へ悪影響を与えています。登山道も人が入らなければ草も生えていたでしょう。
人が自然に入る限り大なり小なり自然を改変することは避けられません。
面平でのテント泊を通じて、そんな自然との関わりの中でも、環境負荷を少しでも下げられる方法について、自分でも考えていきたいと感じました。
温暖化対策という意味では、自家用車移動ではなく公共交通機関を使った移動なども大切ですね。
面平テント泊で、皆さんも山との付き合い方について考える機会になれば幸いです。